吹奏楽で聴くクラシック音楽 第2回

ティーダ出版×若手作曲家・石原勇太郎氏によるコラムが登場!
作編曲家・音楽学者と多方面から音楽を見つめる石原氏に吹奏楽・アレンジ作品を吟味するたいへん興味深いコラムをかいていただきました。
今回取り上げていただいた楽曲は映画音楽・キングスロウ~嵐の青春~
映画音楽とクラシック音楽。映画音楽とコルンゴルト。そして映画音楽と吹奏楽。
様々な視点から音楽を見つめてみましょう。

「吹奏楽で聴くクラシック音楽」第2回目のテーマは映画音楽!

第2回目にして「クラシック音楽」を離れるのか…と思った方、ご安心ください。そもそも映画音楽は、クラシック音楽、特にオペラと深い関係にあるようです。このコラムの趣旨である、「編曲を通して原曲(クラシック音楽)の知られざる良さを見つける」ということを踏まえつつ、今回は映画音楽とクラシック音楽の関係性についてもほんの少しだけ触れてみたいと思います。

●クラシック音楽の作曲家と映画音楽

さて、今回のテーマである作品に入る前に、そもそも今ではクラシック音楽と呼ばれる、いわゆる西洋芸術音楽の作曲家たちの中に、映画音楽を作曲した人が実はたくさんいることを見てみたいと思います。

吹奏楽でも有名な《交響組曲「寄港地」》のJ.イベール、《フランス組曲》のD.ミヨーは映画音楽もいくつか残しています。吹奏楽では2つの戴冠式行進曲で知られているW.ウォルトン、同じイギリスの作曲家、B.ブリテンやR.ヴォーン・ウィリアムズも映画音楽を残していますし、ロシアのD.ショスタコーヴィチ、A.ハチャトゥリアン、S.プロコフィエフも映画音楽を書いています。

ここに挙げた作曲家は、おそらく多くの方が知っている作曲家なのではないでしょうか。このことからもわかるように、19世紀末から20世紀の作曲家たちにとって、新しいメディアであった「映画」は、なにか魅力があったのかもしれません。

いまでこそ、「映画音楽」は映画やドラマなどの放送用音楽を専門にする作曲家が担当することが多いですが、日本でもNHKの大河ドラマのように、いわゆる「現代音楽」の作曲家が音楽を担当することもあります。考えてみれば、おそらくクラシック音楽(現代音楽)の作曲家と認識されている武満徹も黒澤明と組んでたくさんの映画のための音楽を残していますね(ご存命の作曲家ならば、池辺晋一郎さんも多くの映画音楽を書いています)。

●映画の誕生とオペラ

「映画」が作曲家を惹きつけるのは、それが単に19世紀末に現れた新しいメディアだからというわけではないかもしれません。

笹川慶子『サイレント・オペラとハリウッド オペラがハリウッド映画に与えたもの』の中で、シャルル・ムッサーの見解を紹介する形で、次のような一節が見られます。

アメリカ映画の誕生は、過去にさかのぼればきりがないのだが、一般にはエジソンが1893年5月にキネトスコープをニューヨークで初公開した日とされている。[…]この装置を開発した理由をエジソンは「著名なオペラの歌手と舞台俳優のパフォーマンス」を記録したかったからだと述べている。(丸本隆
編『オペラ学の地平』(彩流社, 2009)p.252[原文の漢数字は算用数字に変更])

また、同書の中では、エジソンによる映画の発明後、R.ワーグナーの《パルジファル》や、F.レハールの《メリー・ウィドウ》が映画化され、さらにはオペラ歌手たちが映画に出演するようになったと書かれています(上掲書p.253)。

つまり、少なくともアメリカの映画は、もともと「オペラ」との関係の中から生まれてきたと言えそうです。なるほど、もともとクラシック音楽と関係が深かったために、作曲家たちの関心を集めたのかもしれません。

今では、映画と言えばハリウッド!というほど、アメリカの映画は世界的な人気を誇っています。そんなアメリカの映画がオペラと関係したところに起源を持っていたとは驚きです。

前置きが長くなりましたが、今回主役となる作曲家と作品は、クラシック音楽の作曲家にして映画音楽の大家としても知られている人物と、その映画音楽です!

エーリッヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト(編曲:山口哲人)
《キングス・ロウ~嵐の青春~》

エーリッヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトという作曲家、みなさんはご存知でしょうか。

彼は、かの有名なW.A.モーツァルトと並び称されるほどの「神童」として、幼少期からウィーンで活動していた「天才型」の作曲家なのです(コルンゴルトの名前にモーツァルトと同じ「ウォルフガング」が入っているのも興味深い)!

コルンゴルトが9歳の時に作曲したカンタータ《水の精、黄金》は、G.マーラーに「彼は天才だ!」と称賛されています。11歳の時に作曲したバレエ音楽《雪だるま》は(コルンゴルトの師匠でもあったA.ツェムリンスキーのオーケストレーションによって)ウィーン・フィルが演奏し、さらには12歳で作曲した《ピアノ・ソナタ第1番》は、R.シュトラウスを驚愕させたと伝えられています。

コルンゴルトは今でこそ《ヴァイオリン協奏曲》が代表作として扱われることが多いですが、本質的にはオペラ作曲家と言えるかもしれません。

17歳の頃には最初のオペラ《ポリュクラテスの指輪》、その数年後には近年再評価の著しい《死の都》も作曲されています。

●コルンゴルトと映画音楽

しかし、コルンゴルトを語る上で欠かせないのは、やはり「映画音楽」です。

コルンゴルトの映画音楽は、基本的に(晩年のものを除き)アメリカで書かれたものです。

現在のチェコで生まれ、ウィーンで活躍したコルンゴルトが、なぜアメリカで映画音楽を書いたのでしょうか。それは多くの作曲家を苦しめた第2次世界大戦が絡んできます。

第2次大戦時のドイツでは、ヒトラー率いるナチ党の支配の下、ユダヤ文化が次々と排除されてゆきました。音楽も例外ではなく、ユダヤ系の作曲家の作品の演奏や譜面の出版が禁じられてしまいます。ユダヤ系の作曲家による作品や、前衛的な書法を取る作品は「退廃音楽」というレッテルを貼られ、闇に葬りさられていました。(逆に「真にドイツ的」な音楽と考えられていたのがJ.S.バッハ、L.v.ベートーヴェン、R.ワーグナー、そしてA.ブルックナーの音楽でした)

さて、そうなると退廃音楽とレッテルを貼られた作曲家は、ヒトラーが支配する地域から逃げなくてはなりません。A.シェーンベルクやP.ヒンデミット、そしてユダヤ系の作曲家であったコルンゴルトも、結局アメリカへと亡命することになります。

亡命先のアメリカでコルンゴルトが出会ったのが映画音楽でした。

コルンゴルトの書いた映画の音楽は高い評価を受け、1938年公開の《ロビンフッドの冒険》(この作品もティーダ出版から出版中)などはアカデミー作曲賞を受賞しています。

そんな中ワーナー・ブラザーズが制作する映画『キングス・ロウ』の音楽をコルンゴルトが担当することになりました。1941年のことです。その映画のために書かれた作品が、今回取り上げる《キングス・ロウ~嵐の青春~》です。

 

編曲は、2011年度全日本吹奏楽コンクールの課題曲《「薔薇戦争」より「戦場にて」》でも有名な山口哲人。《キングス・ロウ》が収録されているCD『Master Works for Wind Orchestra 2018』の中で山口さんが書いているように、この編曲ではほとんどをオリジナル・サウンドトラックから聴いて編曲したそうです。考えただけで恐ろしい…

さて、この編曲のおもしろさに入る前に、コルンゴルトが映画音楽をどのように考えていたのかを、簡単にですが見てみることにしましょう。

コルンゴルトは映画音楽について「私はいつも自分の映画音楽を歌のないオペラだと考えています」と語ったとされています(早崎隆志『コルンゴルトとその時代 “現代”に翻弄された天才作曲家』(みすず書房,
1998)p.185)。

これは、大変興味深いことではないでしょうか。

オペラを映像で再現することを夢見た映画に対して、コルンゴルトは「オペラ」とほとんど同じものとして音楽を付けていたのです。その証拠に、コルンゴルトは「映像」に音楽を付けるのではなく、「脚本」に音楽を付けていたそうです。脚本はオペラで言えば「台本」ですね。

先程取り上げた早崎隆志『コルンゴルトとその時代』の中で、もうひとつ面白いコルンゴルトの発言があります。

フリードホーファー[ヒューゴー・フリードホーファーはハリウッド時代にコルンゴルトの助手・オーケストレイターとして活躍した人物]によれば、コルンゴルトはプッチーニの歌劇「トスカ」第2幕を大変気に入っていたが、ある時こう付け加えたという。「『トスカ』は今まで書かれた中で最高の映画音楽だとは思わないかね」。(早崎隆志『コルンゴルトとその時代 “現代”に翻弄された天才作曲家』(みすず書房,
1998)p.185[原文の漢数字は算用数字に変更])

なるほど、コルンゴルトにとってオペラは映画音楽と、映画音楽はオペラと変わらないものだったようです。

●《キングス・ロウ》の聴きどころ

そんなコルンゴルトが曲を付けた『キングス・ロウ』という映画のあらすじは、先ほど挙げたCDの山口さんによる解説を参照していただきたいのですが、ここでも簡単にまとめておきましょう。

『キングス・ロウ(邦題:嵐の青春)』は、20世紀初頭のアメリカ中西部の田舎町キングス・ロウを舞台に、2人の青年、パリスとドレイクの周りで巻き起こる人間ドラマを描いた映画です。

映画は約2時間ですが、その中にコルンゴルトが付けた音楽は67分。山口編曲版では、それがさらに約15分にまとめられています。さらにありがたいことに、山口編曲版は「劇の進行順に各シーンの音楽を並べてある」ので、映画を見たことがない方も、聴くだけでなんとなくお話しがわかる…かもしれません。

さて、音楽の話に入りましょう。

実は映画『キングス・ロウ』の音楽は、アカデミー作曲賞を受賞した映画『ロビンフットの冒険』や他の映画以上に、コルンゴルトの映画音楽の中でも最も人気を集めた作品だったようです。そう言われると《キングス・ロウ》の音楽がどれほど魅力的か気になりませんか?

まずひとつめの魅力は「ライトモティーフ」の扱いです。

「ライトモティーフ」とはR.ワーグナーの劇作品の中で用いられたことでも有名な技法で、特定の人物や物事、感情に特定の旋律や和声進行を与えるものです。

山口編曲版の《キングス・ロウ》で重要な役割を果たす「ライトモティーフ」は、木管楽器のトリルと下行音型の後、金管楽器によって提示される格調高い旋律です(音源では00:05頃から)。この旋律は主人公「パリスの主題」で、映画の中でもたびたび登場するのですが、山口編曲版でも、随所に現れて全体をまとめる役割をもっています。

それにしても、この「パリスの主題」、どこかで聴いたことありませんか?

そう!新シリーズも公開されて、今なお熱の冷めない人気映画『スター・ウォーズ』のメインテーマです。『スター・ウォーズ』の音楽は、かの有名なJ.ウィリアムズによるものですが、これはたんなる「パクり」ではないようです。次の一文を読んでみてください。

コルンゴルトの映画音楽は、初期ハリウッド映画の音楽語法の基礎となり、それは現在のハリウッド映画へと続いている。その影響力は、ジョン・ウィリアムズが音楽を担当する『スター・ウォーズ』シリーズから、ハンス・ジマーとクラウス・バデルトによる『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズにまで及ぶ。(高岡智子『亡命ユダヤ人の映画音楽 20世紀ドイツ音楽からハリウッド、東ドイツへの軌跡』(ナカニシヤ出版,
2014)p.20)

今でこそ、映画音楽界のスターは上にも書かれている、J.ウィリアムズやH.ジマーであることは間違いないでしょう。しかし、彼らの世代にとっては映画音楽と言えばコルンゴルトであったのかもしれません。

J.ウィリアムズが『スター・ウォーズ』の音楽を付けるに当たり、どれほどまで高いレベルの音楽を求められていたのかは、ぜひみなさんで調べてみてください。驚きますよ!

そんなプレッシャーの中、ハリウッド映画音楽の始祖とも言えるコルンゴルトへのオマージュとして《キングス・ロウ》の「パリスの主題」が用いられたとしても不思議ではありません。

『スター・ウォーズ』との話はこれぐらいにしておきましょう。

吹奏楽独特の威風堂々たる響きで提示された「パリスの主題」は、その後かわいらしい行進曲へと変容します(音源では01:47頃から)。

この行進曲の部分、原曲では弦楽器が「パリスの主題」が変容した行進曲の旋律を奏する、比較的荘厳なものですが、山口編曲版ではクラリネットが奏することで、より軽やかな印象を受けます。こどもたちがワイワイと下校するシーンの音楽でもあるので、ぴったりな編曲ですね。

さらに、この部分は行進曲に対して、少し穏やかな(まさに後期ロマン派的な響きのする)音楽が現れます(音源では02:22頃から)。この部分も、原曲では前のセクションと同じく弦楽器が主体ですが、山口編曲版では木管楽器とコルネットが旋律を奏し、非常に柔らかい音楽になっています。世紀末の熟した響きと言うと過言かもしれませんが、それほどまでに恍惚とした響きが聴けるのは、吹奏楽ならではかもしれません。

音楽はその後も、「パリスの主題」を核として進みます。

映画では全てが繋がって流れるわけではないので、瞬間的にはわからないかもしれませんが、山口編曲版では、さきほども書いたように「進行順に各シーンの音楽を並べてある」ので、「パリスの主題」がすべての核になっているのがすぐにわかるかと思います。

このように、全体の関係性がわかりやすくなるのも、編曲の魅力のひとつです!

曲も終盤にさしかかると、とても美しいコラール風の旋律が登場します(音源では11:17頃から)。

これまた、原曲では弦楽器が壮麗に奏でる旋律ですが、山口編曲版ではフルートとクラリネットに始まり、少しずつ楽器を増やして木管楽器主体の荘厳なコラールが形成されます。

息を直接音にする管楽器だからこそ作り出せる響きは、コルンゴルトの書いた音楽に内在する世界とぴったり一致しているように思えます。

その後、ピアノのソロが奏する音楽は、山口さんのとても良いアイディアが活かされています。これが何なのかは、みなさんの耳で聴いてみてください!

さて、「パリスの主題」とともにB-Durで始まった《キングス・ロウ》は、同じく「パリスの主題」とともにEs-Durで終結します。この巨大なカデンツ(B→Esはドミナントとトニックの関係ですね)もまた、映画の進行と関係しているのかもしれません。

●《キングス・ロウ》の演奏のしどころ

聴くというのも、音楽体験の重要なプロセスですが、せっかく楽譜が出ているのですから演奏してみるのも良いですよね。

まず、なんといっても《キングス・ロウ》の原曲であるオーケストラ版の楽譜は、入手が大変難しく、日本ではオーケストラで演奏されることはほとんど(というよりも実質)ないと言えます。

そんな曲が吹奏楽で演奏できるというだけでも、こんな素敵なことはありません。

さて、演奏しどころ…と言ってもそれは何の楽器を担当しているかで、変わるかもしれませんが、ここでは合奏全体として、演奏が楽しく、効果的な部分を見つけてみることにしましょう。

まず、なんといっても《キングス・ロウ》の顔とも言える「パリスの主題」!

オペラのように映画音楽を書いたコルンゴルトにとって、映画の最初に流れる音楽はいわば「序曲」です。

《キングス・ロウ》のメインテーマでもある「パリスの主題」は、聴いているのもかっこいいですが、演奏してもきっと楽しいはず!

金管楽器の重厚な旋律と、それに合いの手を入れる木管楽器とハープ、オペラ(映画)の幕開けにこれほど相応しい曲は他にはないのではないでしょうか。

そして、先ほども書いたように山口編曲版《キングス・ロウ》は「パリスの主題」を核として進んでゆきます。

このことは、確かに聴いただけでもわかるのですが、演奏するとまた違った視点から曲を捉えることができるようになるはずです。

「パリスの主題」は「ライトモティーフ」でしたね。

ライトモティーフというのは、聴いただけですぐわかるように明確に現れる場合と、スコアを良く見たり、演奏したりする人ではないと気が付かないような場合とがあります。

山口編曲版《キングス・ロウ》では、そのどちらもが存在しているように思います。

つまり、聴いているだけでも、物語の進行とともに「パリスの主題」が変容していくのはわかります。しかし、演奏してみると「えっ、この短調の部分もパリスの主題…?」というようなものに出くわすことがあるかもしれません!

ただかっこいい曲というわけではなく、そういう「謎めいた」部分があるというのも、音楽のおもしろさのひとつ。

もしかしたら、演奏してみると私も気がついていない、もっと深い関係性が見つかるかもしれませんよ!

山口さんは、映画『キングス・ロウ』の鑑賞もおすすめしていますが、山口編曲版《キングス・ロウ》では映画を知らなくとも、コルンゴルトの描いたオペラのような世界を味わうことができます!

もちろん、本作を聴いた後で映画を鑑賞してみると、また新しい発見があるかもしれません。

そして何より15分という単一楽章の吹奏楽作品にしては少し長めの作品にも関わらず、まったく長さを感じさせないのは、山口さんの編曲の技(構成法やオーケストレーション)によるものなのは間違いありません。

オペラでも映画でも、見事な編曲さえあればその音楽を味わうことのできる吹奏楽は、やはり魅力的です。

山口編曲版《キングス・ロウ》、コンサートのメインにぴったりの名作(名編曲)です!

それでは、また!

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